プロフィール

「リボーン 今日から始めるじぶんビジネス」にお越しいただき、誠にありがとうございます。

イラスト

当ブログの管理人、アベマユです。

プロフィール画像がイラストですいません。

以前はバッチリ決めた写真を使っていたのですが、さすがに10年前にプロに撮影していただいた画像を使いまわすのも気が引けまして。(笑)

取り急ぎ、スマホで撮った画像とイラスト風に加工できるアプリで生成した画像です。
(方法は別に記事にしますね)記事にしました!

・・・が激似です(笑)

せっかく「このブログの管理人、どんな人?」と感じて、このページに訪れてくださったのでしょうから、
簡単に経歴を紹介させていただきます。

OL時代からネットオークションやネットショップなどインターネット副業を始め、2005年に独立。

自身のスキルを活かせる方法、ひとりでもできるビジネスとして
ホームページテンプレートのダウンロード販売を開始。
人脈や経験がないゼロからのスタートで累計2000本以上を販売。

その後、数種類のホームページテンプレート、ホームページ用素材集、小冊子用のワードテンプレート、
WordPressテーマなど、初心者でも気軽にクオリティを上げられるインターネット関連商品を複数リリース
(いくつかは販売終了いたしました)

現在は、主にECショップの構築、サロンや店舗のサイト構築・アドバイス、ネットビジネス支援などを行っています。
個人の能力を生かしながら、たったひとりでも気軽にできる複数の細かな収入の柱を持つビジネススタイルを推奨しています。

セミナー実績 
ネット起業阿部真由美セミナー
ネット起業加速セミナー
情報販売成功セミナー
女性ネット起業家セミナー 他

起業してから十数年、いい時もあれば・・

偉そうに経歴を書きましたが、起業してから十数年、いい時もあれば、悪い時も経験しました。

わたくしが独立を決意したのは、元々副業で行っていたネットショップやオークションを本業にしてみたかったのと、会社勤めよりも“自分の力”で“自分の時間割“で会社にも人にも気を使わず生きていくことに興味があったことがあります。

とはいえ、副業時代だって儲かっていたわけでもなく、全くお客さんはいませんでした。
営業にも行く自信も集客方法もまるで知りませんでした。

今思えば「とりあえず、ネットショップがんばったら、生きていけるっしょ」みたいな状態だったんです・・。
結構、無謀ですよね(笑)

そんなとき、知り合いが「ホームページ作ってもいいよ」と依頼してくれます。
カンプを急いで作ったのにも関わらず、なんとなーく、話は流れていきました。

あの話どうなった?なんて強くも言えず、売上も経たず。

「・・まずい。作成に時間がかかるのに売上が立たない。
しかも、作成している間は営業はできない・・来月どうしよう・・」

ホームページを欲しい人はたくさんいるはずだ。
・・でも・・私はその人たちのすべてを作成するわけにはいかない・・

ちょっと待てよ?自分で作ってもらえばいいんじゃない?

という観点から、本業の「ホームページ作成業」を穴埋めする形で【途中まで作られたホームページ】をテンプレート化して作成し販売したのです。
みおうみまねでした。独立から2か月ほどの話です。

ただ、ひとりでの独立起業は毎日が不安でした
人脈もノウハウもない状態で孤独に陥り、各所で開催されていたネット起業セミナーに足を運んでみたりもしました。

女性でネットを中心に活動する起業家が少なかったのもあって目立ったのか、起業家仲間も増え、多くの大物ネット起業家の方のメルマガに掲載していただけたり・・あれよあれよといううちに、3か月後には講師として登壇していました^^;

今思えば、ラッキーが続いたんですね。
(当時お世話になった方々には、本当に感謝しています!)

当時の私はメルマガもやりたくない、顔だしだってしたくない。
本当はこっそりひっそりとしていたい、引きこもりヤローでしたからね(笑)。

本当に無謀ですね(笑)

起業家の方々との日々は大変たのしゅうございました

当時、商品販売も順調でたった1日でひゃくうんまんえんを得ることはザラでしたし、自分の名前もネット界隈では知られ始めていたのもあり、日本全国に「ネット起業家仲間」が増えました。

今は書籍を何冊も出している人、海外に移住した人、世界を相手にビジネスしている人、ネットビジネス界ではとても知られた存在の人・・などなど、今では「大物」の人たちも、当時はスタートラインが同じくらいの、駆け出しのネット起業家だったのです。

誰かがセミナーをやる、となれば、北海道であろうと福岡だろうと、飛行機に乗って行っていましたし、「ネット起業家」なる方々と朝まで飲み明かす・・なんてことは常々。
みんな時間とお金と情熱を持て余していたんですね(笑)

そんな日々は田舎の私にしては大変刺激的でした。

しかし、次第にインターネットビジネスの影やイヤな面を見ることも増えていきました・・。

商材を転売されて内容証明を送ったり、いやーな匿名メールが届いたり。
信頼していた方に裏切られたり、突然音信不通になったり・・。

そんなこともあり、段々と距離を置くようになってしまったのは確かです。

女、ひとり。仕事の在り方を模索する。

当時、私は三十路女で独身で一人暮らし。
究極の独立生活をしていましたから、とてもフットワーク軽く新潟から各所へ飛び回っていました。

都内で飲み会ってだけで気軽に参加していましたし、なんとなくふらっと一人で出かけてはちょっといいホテルに一人で泊まってみる、みたいな贅沢もしていました。

でも。でもね、華やかに見えますが、家に帰ればボッサボサの頭で、今のテレワークみたく、パジャマ姿で仕事をしていたり、締め切りに追われていたりしていたのですよ。

プライベートでは独女で恋人もいませんでしたからね。
仕事一筋はいいけれど、プライベートが枯渇していて、どこか満たされない日々を過ごしました。

・・わたし、なりたい自分に本当になってるのだろうか・・

その後、だーいぶ割愛しますが、色々ありまして、結婚と出産。
ありがたいことにママになれました。

もちろん、仕事も引き続きしていました。

妊娠中は体が熱くなります。上半分裸で仕事しました。(笑)

ウェブ作成業は締め切りがあったり、更新日時が決められている場合があります。

臨月であっても徹夜をしました。

・・ただ、私は臨月中に、子供の胎動を感じなくなりました・・

緊急入院を経て、なんとか出産しましたが、あまりの突然のことに仕事の整理がついておらず、
入院している病院の病室で布団をかぶってスマホで外注さんに指示を出す、なんてこともせざるえない状態でした。

今思えば、出産&子育てをなめてましたね・・。

仕事ができると思っていたんです。
子供を産んでも。

実質、産後1か月くらいは体を休ませましたが、その後は復帰。

出産後は子供に母乳を飲ませながらパソコンに向かっていました。

もしかしたら、無理をして仕事をしていたことが切迫早産の原因だったかもしれないのに。

生活のためには働かないといけないし、お取引先との関係が切れるのが怖かった、休んでいられなかったんです。

でも、乳飲み子を抱えての仕事は、正直仕事にならなかったです。

育児でさらに仕事の在り方について模索する。

「出産をしても仕事にすぐ復帰できる」と思っていたら大間違いでした。

高齢出産だったのもあるし、わたくしの体や仕事のやり方など、一概に言えないことは多々あると思いますが、
私にとっては結婚・出産は、今までの仕事のやり方の再構築を迫られましたし、自分の中の常識を180度入れ替えなくてはならない出来事でした。

これは私に起きたことですが

  • 単純に仕事時間が減る
  • 体に無理が効かない
  • 集中力が長続きしない
  • 徹夜仕事ができない
  • 精神的体力的余裕がなく、ビジネスに対してのアンテナが錆びる

今まで自分のためだけ考えていればよかったのが、夫や子供の体調や状態も影響を受ける生活になりましたので、思い通りに行くわけがないんです。

特に子供は3歳くらいまではしょっちゅう熱を出します。

そのたび、仕事を切り上げて看病に時間を充てますが、それが2週間に一度ほどあり、数日仕事ができないことも多々あります。

結果「今までお世話になっていた取引先が減る」という事態に陥りました。

私は今まで、比較的スケジュール的にタイトな案件や【今言うけど明日アップ】みたいなことも引き受けていました。

でも、育児中は心身ともに無理が効かず、自分に余裕がないので、そういった仕事はできず、自分自身もお断りするようになりました。

また、「・・すいません、今、産休に入ってまして」と伝えると、2度と発注を受けなくなることも多々ありました。

そりゃそうです。ウェブデザイナーなんてたくさんいますし、私の代わりはいくらでもいます。

当時、私自身集中力が続かないことで、自分に余裕がないことで、以前よりもずっと時間がかかり、ミスも増えた感覚があります。

気が散漫になっていたのでしょうね。

そんなこともあり、今までの働き方を考え直す必要が出てきたのです。

これではいけないと奮起する(←いまココ)

育児をしながら焦りを感じる日々を3年ほど過ごしました。

子供が熱を出すのも落ち着いてきて、「さあ、これからやり直すぞー!!!」といきこんだ頃、襲ったのがコロナ禍です。

2020年春。
全てが止まった感じがしたのは私だけではないでしょう。

私はあの時、自分自身の復活にいきこんでいて、ありがたいことに案件を2件ほど抱えていたのですが、コロナ禍になって仕事がすっ飛びました

また、サイトの作成をした後に、お相手の支払いが滞る、ということもありました。

サイトの作成って1件20万~40万ほどするので、1ヶ月に2件も3件も飛んだり、1ヶ月丸々制作にかかった後の支払いがないというのは精神的にも労力的にも応えます。

ここまで言うと、私自身は悪くない、とすべて時代のせい、子育てのせい、と聞こえるかもしれませんが、違うんです。

反省点が多々あります。

一番思うのが、自動化に取り組むべきだった という点です。

自分が働かなくても、誰かが働いてくれる、自分以外の何かが動いてくれる。
インターネットビジネスでしたら、こういったことが容易です。

すべては今思えば、なんですが、こういった自動化の仕組みをもっともっと積極的に整えるべき、だったのです。

そして、私は動けなくなりました・・・2020年のこと

今だからこそ、このようにブログを書いていますが、コロナや育児や家事や仕事や・・で追い込まれていった私は、2020年、ついにダウンしました。

テレビをつければ悲しいニュースばかり。
・・いつの間にか、前を向けなくなっていました・・

あれだけ、今年から仕事復帰するぞー!と意気込んでいたのに、今までの心労?産後鬱?がたたったのか、心と体のバランスを崩しました
コロナ鬱ともいえるかもしれませんが、それだけではなく、いろんな条件が重なったのだと思います。

ホルモンの関係かもしれないし、わかりません。

わかりませんが、とにかく、どうにもこうにも動くことができなくなってしまったんですね。

それがどうして、復活したのか。

暗い話が続いてしまいましたが、本当のことなので書きました。

またいつか、別記事にでもしたいと思いますが、なぜ今こうやって復活をしたのか、という話をします。

正直、もうすべてを辞めてしまおう、と思ったんですね。
今までの事業を譲渡するなどして、清算しようと。

でね。なんとなくその過程で、ずっと読んでいなかったネットビジネス系のメルマガなんかを開いてみたんですよね。

私が休む前からずーーーと出し続けている方のメルマガを読んで、
そのフォーマットが変わっていない、いつかの私が読んだそのメルマガが懐かしく嬉しく、その中で紹介されている人も知っている方だったりして。

なんか、【自分が思っているよりネットの世界って変わってない】かもしれない。
と思えたんですよね。

4年ほど一線から離れていましたから、わたしは浦島太郎状態だろう、と思い込んでいたのです。

でも、その方のメルマガを読んだとき、数年前と変わらないルーチンを続けるその姿になんとなく「私が帰る場所はあるかもしれない」と活路を見いだせたんです。

・・私はネットで生きていくしかないんだな。
だったらもう、グダグタ言ってないで向かうしかないんだな。

と心の底の底の底から!!!!!!!実感したんです。

落ち切ったところまで落ちて、海の底に体がついて、ふっと浮き上がる瞬間が分かったんですね。自分で。

で、ここまでの話で

・自分は浦島太郎状態だろう
・もう自分はダメだ
・誰の役にも立たない
・自分が帰る場所はない

というような思いは「すべて自分の思い込み」なんです。

別に誰かにそう言われたわけでもなければ、数値が出ているわけでもない。

自分で勝手に判断していたことなんですね。

私に必要なのは、「思い込みを捨て、開き直ること」だったんです。
私ができることは「生きること」だったんです。

また、頑張っているママさん達の活躍も励みになりました。

仕事上で知り合った女性経営者さんが何人かいますが、その方達が新規にお店を立ち上げたりして、頑張っている姿を見てきました。

子育てをしながら頑張っている姿に「私も!!」と思えるようになったのも大きいです。

・・ということで、数年出していなかったメルマガを出してみたり(突然 (笑))、「もう、何思われたっていいやぁー」って開き直ったことで今こうやって記事を打っています(笑)

2021年、アベマユはリボーンします。あなたも一緒にどうですか?

自分があのように深海に落ちていったことで、弱い自分を知ったことで、自分のバランスを崩したことで・・
今まで知らなかったことをたくさん知りました。

弱くなっているときに見える景色、抱える感情
そういった時に起こる体の変調。

動きたいのに動けないもどかしさ。

無気力。

本当に今まで知らなかったんです。

今、思えば。自分にとっては「底」で、二度とあんな風にはなりたくないと思っています。が、
なったからこそ、できることも誰かの役に立てることも、これからあると思うのです。

だから、今、こうやってブログに載せています。

「おれ、すごいでしょー!」と自分で言ってる起業家はたくさんいますが、

「わたし、どん底だったよー!」と言ってるんですよ、わたし。すごいでしょ(笑)

でも、お金では買えない経験をして、やっとそれをも活かそうと思えるようになったのです。

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私は以前から「〇〇の人」という肩書がいまいちなく、悩んでいたことがありました。

例えば、セミナーの講師で登壇するときに
アドセンスマスターの人、メルマガで稼いでいる人、ネットショップマスターの人、など【分かりやすい肩書】ってありますよね?

私はね、いまいちなかったんですよね。

でも、ネット活動を縮小している数年の間、「収入の柱は細かく持った方がいいし、全てをやった方がいい」というのを実感しました。

だから、私は

  • コンテンツ販売 もするし
  • ネットショップ もするし
  • アドセンスブログ も作るし
  • ASPアフィリエイトサイト も作るし
  • メルマガでアフィリエイト もするし
  • アマゾンで物販販売 もするし
  • 国内外 輸入輸出ビジネス もするし
  • サイト作成 もするし
  • サイトM&A もするし
  • ユーチューブ もしたい

と思っています。

それぞれ稼ぎは小さいかもしれないけど、貝柱方式でずっしり自分を支えてくれるような体制を整えたいと思っています。

だから、私の肩書は〇〇な人は難しいです。あえていうなら「ひとりビジネス・じぶんビジネス推奨の人」かな?

あれこれ手を出しすぎて倒れないことを祈っていてください。(笑)

なので、このブログも情報が多岐にわたると思います。

統一性のない記事の集合体になるかもしれませんが、お好みの部分だけ読んでくださったら嬉しいです。

弱い気持ちを知っている今のアベマユだからこそ、寄り添えること、伝えられることもあると思っています。

そして、最後に。

もし、今。

あなたが【人生を変えたい】と思っているならば、私と一緒にやりませんか?

あなたの人生を変えられるのは、あなただけです。

アベマユ